JAWA | 染の種

染の種pasar aki... ユックリ日記

<< November 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

ジャワ任侠道ホイト組

2013.07.19 Friday

これだけ各国から島根のパサール満月海岸へボランティアや旅人が訪ねてくるというのにジャワの仲間を呼ぼうとすると毎日の行動や目的、滞在先など事細かに30ページ近い書類や身元保証人の住民票や残高証明などを用意しなければならない。

手続きは非常に面倒くさいが、現地の日本大使館員の方々は優しい。今回も時間が足りなかったので相談したら、わざわざジャカルタから電話をしてくれて融通を聞いてくれた。こういう優しさはインドネシアのイミグレーションには一切ない。金を払えばなんとでもなるわりきり世界だ。
一方、東京の外務省広報文化外交戦略課広聴室からの返事は全く融通性のない形式に従えという回答しか得られなかった。

ジャカルタの日本大使館で最短4日で滞在VISAを発給してもらったWayang Beber作家のDaniと弁士のGanjarは、ソロに戻り日本訪問を我らが兄貴Mas Jokoに報告し無事を祈願してもらうというので
「兄貴の体調を聞いてくれ」と、ことづけたら送られてきた写真。

中島らもみたいやな〜せっかく、サロンパスまで貼ってくれたのによく見えね〜



日本が失ったイキやイナせや任侠や落語や祝人が残るジャワに僕の精神は救われている。











続きを読む >>
| JAWA | comments(0) | trackbacks(0) |

Semeru山世界安全祈願祭と音楽祭

2013.03.11 Monday


<縄文建築と聖山Semeruとの出会い>

日本が世界に放射能を撒き散らし、恐怖の日となった2011年3月11日。
もう一度、原点に立ち返るつもりで毎年半分をジャワに暮らし、3万年前、ここから旅立ち縄文文化を築いた先人たちに思いを馳せています。なぜ、自然が豊かで食うに困らないジャワを離れ、命がけで北上したのか?計り知れない先人の思いを手繰り寄せながら、「人類はどこから来てどこへいくのか?」というワヤンベベル(人生の影)的迷宮を彷徨っていると「魂の還る場所が新しいスタートの場所」ではないかと思うようになりました。

放射能を流出し続け3年後の2014年3月11日、世界安全祈願祭をジャワ島の聖山スメルで開催します。祈っても流出した放射能は消えませんが、その日から3月11日が世界変革の記念日に変わることを願い、行動を起こしたいと思います。

これから1年かけて聖地の基盤を作ります。そこから何年もかけて皆の手で聖地は育っていくでしょう。

世界中に聖地を創りましょう!魂の還る場所が新しいスタートの場所です。巡礼を始め世界を変えましょう!グレートジャーニーの幕開けです!



<冒険活劇恋愛物語的 世界の中心音楽祭に向けて>

『眠っていないで起きてください。そしてあの世まで持って行った無念な気持ち、やりたかったこと、我慢出来ないことを私たちに話してください。生きている私たちがその無念を晴らしますから』

歴史風土は違えど、一揆を起こせるほどの強い繋がりをもったコミュニティだからこそ、高いレベルの芸能を維持継承し育てることができるという事実は、ここジャワで切実に感じ、日々ホイト仲間と語り合い、活動の源となっています。

ジャワ島の海辺の小さな町で壊れかけた若いアートコミュニティを再生しながら、その力を借りて山奥の隠れ里で失われそうな伝統芸能の保護継承を助け、さらに東の世界の中心と呼ばれる聖地で国境なき民俗芸能音楽祭を開催するという活動の流れは、高いレベルの芸能アートを育てることが世界を変革できる力になるという強い確信が生み出しています。

その確信は、ホイト仲間と「生きている人間と亡くなった人間のコミュニケーション、魂の伝達」から得たものです。
そこを手抜きすると本流からかけ離れた陳腐なバケモノが現れます。

そして今、学んでいるワヤン・ベベルのパンジ物語には「世界は変わり、全てを失ってしまったが、もう一度やり直し、取り戻そう、もっと素晴らしい世界を・・・」という冒険活劇恋愛物語が描かれています。







| JAWA | comments(0) | trackbacks(0) |

流れる

2013.03.01 Friday



森の大木が伐採され、土砂が流れ出し河口や浜が変わる。大きな落石が川を堰き止め流れが変わる。





2月末、日本のホイト仲間が帰国し、また新しい流れがはじまった。

昼、Ganjarの古いダチの華僑コウに連れられ豚を食いに行く。Ganjarは公演の打合せで先に帰ったので、コウと王宮広場の宝石市場に行き種の化石や隕石や謎の物体を物色して過ごした。店から店へ石を探す感じがミツバチのようだったからか、豚の内臓を食べたからか、疲れや不満が溜まっているからか、おそらく全てが当てはまるからだろうが、夕方、激しい痒みと熱に襲われるアレルギーが発症した。ホメオパシーのマテリア・メディカによると異物としないものに対してもヒスタミンをだすアレルギー体質らしい。子供の頃から安易に抗ヒスタミン薬などを摂取してきた結果の変調なのだろう。ミツバチからつくられたApisを連続して摂った。人は目にする自然破壊を嘆くだけではなく自分の中の自然をしっかり見つめ自然体を取り戻しながら自由自在な行動を起こすべきだと思う。

夜、参加予定だったJazzのライブはDaniとGanjarだけで行き元気になった兄貴MJに会う。兄貴はDaniのアトリエに飛んできてくれたが解毒のココナッツを忘れた。それはともかく眼前暗黒感のめまいが怖くて外出できなかった兄貴が動けるようになったのもホメオパシーのおかげ。何事にも慎重で疑り深い兄貴は嫁のエリーの突然の頭痛と腹痛をホメオパシーがあっという間に止め、彼女が手術を覚悟していた左手首の痛みも取り除いたのだからホメオパシーがトゥナガ・ダラム(内的力)に作用することを認めた。ジャワでトゥナガ・ダラムと言えば誰もが理解できるほど人々は自然のバイタルフォースを認知している。そういうわけで今のところ治癒率100%!
先日もPacitanのボクサーの不眠症が治った。彼は2年前に後頭部を打たれノックダウンされて以来、1週間寝れない日もあった。出会った時も顔が赤く3日寝ていなかったが、ウサギギクからつくられたArnica3粒で2年間の悩みが解決した。次は打撃のショックでやられたと思われる視神経の回復に挑戦してみる。

夜中、「市長がここへ来たら涙をながすな」と言い残し兄貴MJは帰った。
入れ違いにGanjarとDaniがブルースミュージシャンの友達と帰ってきた。
Daniに記念すべき兄貴MJの初来訪を写真に撮ったかと聞かれたが、すっかり忘れていた。体調が悪いと写真なんか撮る気もしない。

こうして2月28日は記念すべき日となり、3月になった。













| JAWA | comments(0) | trackbacks(0) |

楮樹皮紙

2013.02.09 Saturday
楮の木の皮を叩いて伸ばし紙にした楮樹皮紙。スラウェシ島やジャワ島の伝統的な紙ダルワン。現在、ほぼ廃れてしまいジャワ島バンドンで一人の職人が再興に努力している。





| JAWA | comments(0) | trackbacks(0) |

Siapa namamu

2012.12.10 Monday



| JAWA | comments(0) | trackbacks(0) |

ステージの供物

2012.02.27 Monday


トウモロコシ、シンコン、バナナなど圧倒的に男根が多い!



バナナの蕾と椰子の実〜超エロい組み合わせ!



楽器も女性器、男性器、両性具有器に分かれてる。



勃起!
| JAWA | comments(0) | trackbacks(0) |

バニューマスのパ・クン

2012.02.27 Monday


バニューマスから時々現れお世話になっている歌手のパクンが作曲中〜



サンガル・スニ・スカルジャガット
(スタジオ・アート・世界一の花)
に転がってるおんぼろギターを工夫して使ってる。

毎日、スタジオSSJの出来事やarteco-village創りの様子をiPhoneで撮影し、Twitter@pasar_moonへupしています。とてもインターネット環境が悪いのでTwitterを諦めてfacebook@pasar akiへ日々の記録をupするので見て下さい。このブログは帰国後、パソコンとネット環境が準備できたらカメラで撮影した記録をupする予定です。
| JAWA | comments(0) | trackbacks(0) |

WAっしょい!

2011.12.10 Saturday
ちょっと畑をみにいきたかっただけなのに・・・



ジャワのKotakan村を初訪問したPasar AkiがMas Daniと紙の木ダルワンの畑を見に行こうと歩き出しだらSSJのみんながついてきてパレード!
そして祭りになった。
いつでもどこでも祭りにしてしまうSSJパワー万歳!
これがほんまの「わっしょい!」、わはジャワのWAだから「WAっしょい!」






JUGEMテーマ:音楽


| JAWA | comments(0) | trackbacks(0) |

Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち

2011.10.29 Saturday


Pina Bausch の映画をWim Wendersが創ってくれた。
そして、
福島や飯館村を訪問してくれた。

昔からWim Wendersと僕は不思議な縁で結ばれていて、Paris,Texas, の冒頭のシーンは僕のアイデアだと思ってるし、
初めて会ったときも同じ柄のシャツを着ていた!(笑)


もう30年近く会ってないけど、その間、僕は彼が否定したバリ島に住み、映画から離れ、今、僕はその島を否定している。(笑)

それから、僕は小津 安二郎への縁でWimが撮影した尾道に住み、今、Pina Bauschに捧げるミュージカルをジャワ島で創ろうとしている。(笑)
| JAWA | comments(0) | trackbacks(0) |
 
 

PAGE TOP↑
| 1/1 |